不良債権比率37%、金融史上最大の失策:官主導の「直轄会社」が招いた破綻
1990年代前半、住宅金融専門会社(住専)は不良債権問題の象徴となった。民間金融界の共同出資で70年代初頭に設立された住専7社は、大蔵省の「直轄会社」指定を受けて優遇されたにもかかわらず、バブル崩壊のダメージを銀行より一足早く被った。庭山慶一郎社長率いる日住金が大蔵省の立ち入り検査を拒むなど、官と民の深刻な対立が生じ、金融史に残る失策へと発展する。
官民一体の制度設計が、なぜ失敗したのか
住専は、国民のマイホーム願望に応えることを目的に、民間金融機関による共同出資で設立された。日本住宅金融(日住金)、第一住宅金融、日本ハウジングローン、住宅ローンサービス、地銀生保住宅ローン、総合住金、住総の7社のほか、農林系統金融機関が設立した協同住宅ローンも存在した。当初、大蔵省は住専をノンバンクでは異例の「直轄会社」に指定し、金融機関並みの扱いを与えた。設立母体の金融機関と大蔵省から経営陣が送り込まれるなど、官主導の色合いが強かった。
しかし、発足から半年後に銀行が次々と住宅ローン市場に参入したことで、状況は一変する。銀行の攻勢で苦しくなった住専各社は、やがて不動産融資に活路を求め、バブル絶頂期の89年にかけて資産を拡大させていった。結果として、銀行よりも一足早くバブル崩壊のダメージを被ることになり、不良債権比率は37%に達した。バブル絶頂期の89年から大蔵省銀行局長を務めた土田正顕は、当時について「ノンバンク一般が悪いように住専も悪いに決まっていると思ってはいました」とオーラルヒストリーで語っている。
官と民の対立が招く、さらなる混乱
問題の深刻化とともに、庭山慶一郎社長率いる日住金が大蔵省の立ち入り検査を拒否するなど、官と民の対立が表面化した。さらに兵銀の吉田社長が大蔵省銀行局にSOS信号を送るなど、金融機関全体が危機的状況に陥った。大蔵省はあらゆる手を使って延命を図り、処理を先送りしようとしたが、結果的に深手を負い、金融史に残る失策となった。詳細は出典URLを参照。
経営者がいま、学べることは
- 官民一体の制度設計であっても、市場環境の急変に対応できなければ失敗する。経営判断は市場競争力を最優先に
- 不良債権問題が顕在化した初期段階での情報開示と適切な対応が、後の損失を最小限に抑える
- 当局との対立が先送り体質を生むメカニズムを理解し、自社の重要な判断では当局依存から脱する勇気を持つ
出典:東洋経済オンライン「大蔵省の立ち入り検査を拒む『ミスター住専』、日住金の庭山慶一郎社長が古巣と対立 住専アリ地獄①」https://toyokeizai.net/articles/-/952440?utm_source=rss&utm_medium=http&utm_campaign=link_back

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